| 管楽器を演奏するということ〜僕の経験から〜 |
次に、そのワケについてお話ししようと思うのですが、その前に管楽器を演奏するということについて知っていただく必要があります。 突然ですが、皆さんはこれまでに管楽器を演奏した経験はありますか? 管楽器の演奏は、皆さんにとってなじみの深い楽器、たとえばピアノなどとはまったく違っています。管楽器の経験がある、と答えた方は、その違いについて思い当たることがたくさんあると思います。そこで、管楽器の経験が無い方のために、僕と管楽器との出会いをお話したいと思います。
なぜ部活を変えたのか、いろいろと中学生なりの事情があったのだと思うのですが、そんなことはすっかり忘れてしまいました。ただ、小さい頃からピアノを習っていた自分にとって、音楽系のクラブなら楽勝だろう、という「読み」があったのは覚えています。途中入部とはいえ、すぐに追いつけるだろう、と実に楽観的に考えていました。 ところが、入部してしまった後で、その読みがまったく見当違いだったことが判りました。僕が持たされたトランペット(*3)という楽器は、それまで10年近くをかけて培ってきたピアノの常識とはまったくかけ離れた楽器だったのです。 音が出ない!! そう、いくら頑張って吹いても、音が出ないのです。なにしろ音が出ないのですから、ピアノの経験も音楽知識もまったく出番はありません。 トランペットというのは、マウスピース(*4)を唇に押し当て、吹き込んだ息で唇をふるわせて音を出す仕組みになっています。(こういう仕組みの楽器を、リップリード系(*5)の楽器といいます) トランペットで音を出すためには、まず口の形(アンブシュア(*6)といいます)を作って、そして腹式呼吸で強く安定した息を吹き込むことが必要になります。
入部から数ヶ月、僕は腹式呼吸の練習と、アンブシュアを作ってマウスピースだけで音を出す練習に明け暮れました。腹式呼吸の練習とは、壁に向かって立ち、壁に置いた紙が落ちないように、息を吹きかけ続けるというものです。やってみると判りますが、弱い息では紙はすぐに落ちてしまいます。また、一瞬強い息を出しても、息が切れた瞬間に紙は落ちます。そこで、お腹を両手で押さえ、腹筋に力を入れて、力強い息を永く持続させる必要があります。この練習が大変で、慣れない間は酸欠ですぐに頭がクラクラします。 音を出すのがこんなに大変だったとは、鍵盤を押せば音が鳴ったピアノとは大違いです。 つらい練習を毎日続けながら、実はまだ、「音さえ鳴るようになればこっちのものだ」という「読み」を持っていました。(「読み」というよりも、淡い期待だったのかも知れませんが…) しばらくして音は鳴るようになったものの、この読みもはずれました。 思った音程の音が出せない。 そう、ドレミが演奏できないのです。これでは、楽譜は読めても曲になりません。 トランペットには3本のバルブ(*7)がついていて、指使い(バルブの押さえ方)によって音階が演奏できます。しかし、たった3本で全ての音階を演奏するわけですから、同じ指使いの音が数多く出てきます。そのため、プレーヤーは唇の締め方や息の強さで音程を吹き分けています。この感覚が微妙で、音を出す前に頭の中でしっかり音程をイメージする必要があるのです。イメージする音程が間違っていると、正確な音程では鳴りません。しかも、疲れて唇がゆるんだり、楽器の角度が変わったり、ちょっとしたことでピッチが不安定になります。 指使いが合っているのに違う音程の音が出る、ちょっとしたことでピッチが不安定になる、いずれもピアノでは考えられないことです。
管楽器では、ちょっとしたことで音のニュアンスが大きく変化します。これを利用して、楽器ごとにさまざまな演奏方法が考え出されており、それが各楽器の音の特長にもなっています。たとえば、人の歌声でも、コブシを回したり、ビブラートをかけたり、しゃくり上げたり、さまざまな歌い方ができますが、それと同じだと考えると判りやすいでしょうか。 トランペットにも、独特の演奏方法が数多くあります。たとえば、すばやく息継ぎをするブレス(*8)、舌で息をさえぎってアタック感をつけるタンギング(*9)、バルブを動かさずに唇で音程を変えるリップスラー(*10)、ピッチを小刻みに揺らすビブラートなど、いずれもトランペットを演奏するための基本的なテクニックです。 ピアノでも、タッチによって音質を変化させることができるため、思い通りのタッチで演奏する練習はずいぶんとしてきました。ただ、鍵盤がおりる瞬間にすべての神経を集中するピアノに比べて、管楽器では音を様々な要素で変化できます。最近ではエレクトーンにも、鍵盤上で指を揺らせて音を変化させるコントローラーが付けられていますが、管楽器の場合は演奏中に舌や唇の使い方、手や首の動き、息の強弱や喉の開け閉めなどで音が変わるのですから、その変化はまさに多彩です。 ![]() 続いて、音色(トーン)についてずいぶん注意されました。 トランペットは、演奏する曲目によってさまざまな音色が必要になります。ファンファーレの抜けるような音色、マーチの勇壮な音色、ポップス曲のなめらかな音色、バラード曲の甘い音色、バロックなどの抑制の利いた音色など。これらの音色は、唇や舌、息の使い分けで演奏します。音作りをするために、ロングトーン(*11)という練習を、その後何ヶ月も続けることになりました。 ピアノでは、音色に気を配ることはありませんでした。というか、ピアノの場合音色に気を配る余地はほとんどありません。それに比べると、音色を自由にコントロールできる管楽器は、ある意味で表現しやすい部分があるように思います。ただ、同じ楽器からこんなにも多彩な音色が出るということに驚きました。 というわけで、僕のトランペット体験はロングトーンで終わることになったのですが(無惨)、そんなことよりも、この体験談からピアノと管楽器の違いについて少しでも感じてもらえれば、と思います。
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